代表取締役
稲永 文紀
INANAGA FUMINORI
座右の銘
三方よし / 人生に無駄な経験はない / 因果応報
香椎で生まれ、香椎に戻ってきた。
生まれも育ちも福岡市東区香椎です。香椎小学校、香椎第3中学校と地元で過ごし、公立高校受験に努力も運も足らず、見事に滑って東福岡高等学校へ。当時はまだ男子校で、共学っていいなと悶々と耐え忍ぶ3年間でした(笑)。中学時代は本当は吹奏楽部に入りたかったのですが、女の子ばかりの部に入る勇気が出ず陸上部へ。高校では念願の吹奏楽部でクラリネットを吹いていました。思春期って本当に邪魔です(笑)。
福岡大学在学中、アルバイトで測量の仕事に出会いました。自分の仕事が目に見えて形になる面白さに引き込まれ、大学卒業後は測量設計の専門学校で測量を学び、測量設計コンサルタント会社へ就職しました。
入社後に携わった仕事の中で、今でも特別な思いがあるのが福岡の五ケ山ダムです。アルバイト時代はまだダムの計画段階の測量で、朝から測量機械と三脚と弁当と水、そして箱ティッシュを持って山に入る日々でした。箱ティッシュの用途はご想像にお任せします(笑)。サラリーマン時代には補償業務で水没予定地の木の本数を数える仕事も経験しました。令和3年に五ケ山ダムが供用開始した際には、アルバイト時代から数えて27年間の重みを感じて、感無量でした。
しかし測量設計コンサルタント会社の仕事は、バブル崩壊とともに業界は斜陽期を迎え、家庭を持ち子どももいた自分は将来を見据えて転職を決意しました。
システム営業の経験と、県外で気づいた故郷の価値。
転職したのは、官公庁向けのソフトウェア会社です。不動産登記・固定資産税・地籍関係のシステム営業を担当しました。測量の経験が直接活きる仕事で、やりがいを感じながら働いていました。仕事は順調でしたが、35年間ずっと福岡に住んでいた自分が県外に転勤することになりました。
県外に出て初めて、福岡の良さに気づきました。福岡の人、福岡の食べ物、福岡という土地。たまの帰省で旧友と酒を酌み交わすたびに、「ここに帰りたい」という気持ちが強くなっていきました。県外でも35歳から始めたフットサルを続けていましたが、転勤先で出会ったフットサル仲間との縁は今も続いています。会社の人間関係よりも、ボールひとつで繋がった人たちとの縁の方が長く深くなっていく。フットサルという趣味が、自分の人生を豊かにしてくれていると感じます。
福岡に残してきた故郷や両親への思い、転勤や会社の人間関係を気にせず、自分の裁量で故郷に恩返しをしたい。そう決めてUターンし、マンション管理・不動産賃貸管理の仕事を経て、44歳で独立しました。
マンション管理・賃貸管理が教えてくれたこと。
マンション管理・不動産賃貸管理の仕事は、立場の違うさまざまな方々の意見やお願いに向き合う日々でした。オーナー様、入居者様、管理組合の方々、それぞれの立場から見れば正論であっても、時に理不尽に感じる場面もありました。そのような場面で毅然と、しかし誠実に向き合うことを覚えたのもこの時期です。お客様は大切な存在ですが、神様ではありません。独立してからは本当に良いお客様に恵まれていますが、この経験があったからこそ今があると思っています。
無謀なスタートと、忘れられない一言。
無謀なスタートから44歳で独立し、不安ばかりで今でも眠れない夜を過ごすことがあります。福岡県宅地建物取引業協会に入会する際、同業者の推薦が2社必要なのですが、その推薦をいただいた御二方から「やめた方がいいよ」「測量の経験があるなら測量会社を開業した方がいいんじゃない」と言われたのを今でも覚えています。
今もお世話になっているお二人ですが、この話が笑い話になるよう、日々精進し続けるだけです。大変なことが多い毎日ですが、どの仕事も楽な仕事はありません。不器用な自分がここまで続けてこられたのは、故郷の皆様、お客様、同業他社の方々、協力会社の皆様のおかげに他なりません。
不動産の仕事が、相続の現実を教えてくれた。
かつて父に相続の話を切り出したことがあります。仕事柄、相続問題を目の当たりにすることが多かったこともあり、「一緒に考えておきたい」という純粋な気持ちからでした。ところが父は困ったような顔で「そういう話は、まだ早い」と言葉を濁しました。
不動産の仕事をしていると、相続の場面に立ち会うことが少なくありません。売却の相談だと思って話を聞いていると、その背景に家族間の複雑な事情があったり、話がとん挫して相続問題が大きくなっていくケースを目の当たりにしてきました。そうした経験を重ねるうちに、生前の相続準備がどれだけ大切かを改めて感じるようになりました。
コロナ前から不定期で相続セミナーを開催しています。セミナーで一番伝えたいことはシンプルです。「相続の生前準備は、残された家族への感謝のメッセージです。」そして締めくくりにいつも伝えるのが「相続の準備をすると健康で長生きする」という言葉です。
その後、父はしっかりと準備をしてくれました。細かいことは言えませんが、これからも健康で長生きしてくれると思っています。両親への感謝は尽きません。
測量・登記・管理・売買。すべての経験が今につながっている。
「人生に無駄な経験はない」という言葉を肝に銘じています。測量・設計の経験、不動産登記・固定資産税・地籍システムの営業経験、マンション管理・賃貸管理の経験。これらすべてが今の仕事に直結しています。当時はそう思えなかったことも、後になって気づくことが多い。回り道に見えた経験ほど、深いところで力になっているものだと感じています。皆さんはどうですか。
また「因果応報」という言葉も常に戒めとして心に置いています。自分自身で反省すべきことがあった時、振り返ると自分の行いに原因があることに行きつく。そんな経験を繰り返しながら、少しずつ成長できていると信じています。
フットサルと、「のりさん」と呼んでくれる仲間たち。
趣味は意外と多いですが、フットサルは見るのも蹴るのも本気です。35歳で始め、県外転勤中も続けていました。福岡に戻ってからは、20代の若い子からベテランまで、異業種の仲間と週に一度ボールを蹴っています。プレー中は「お年寄りをいたわってくれる」のが本当にありがたいです(笑)。私のことを「のりさん」と呼んでくれるのは、みなフットサルの縁でつながった仲間たちです。
観戦も大好きで、2012年には2泊3日で鹿児島まで地域フットサルチャンピオンズリーグを観戦。今年は福岡で開催された第26回地域フットサルチャンピオンズリーグを観戦しました。仕事のスケジュールを調整してでも足を運ぶ、数少ない「本気の趣味」のひとつです。
ギターは17・18歳から触っています。始めたきっかけは「弾けたらモテるかな」という、あの男子校時代からのスタートです。ところが人前で弾けないという致命的な恥ずかしがり屋な自分を忘れていました(笑)。好きな音楽はR&R・パンクロック・ガレージロックなど、ガチャガチャした音楽。深く傾倒している方には失礼かもしれませんが、これが性に合っています。
香椎という街が好きな理由。
香椎という街の好きなところを言葉にするのは難しいのですが、街に出ると知った人に声をかけてもらえるのが本当にうれしいです。それだけで、この街に根を張って生きてきた甲斐があると感じます。これからも香椎を拠点に、微力ながらこの街の繁栄のお手伝いができればと思っています。
家族のこと。
妻と娘2人の4人家族です。娘2人はすでに家を出て、それぞれ社会に出て頑張っています。妻も娘たちも、いい意味で私や私の仕事に興味がないのがありがたいです(笑)。
家族でもう一人、いやもう一匹いるのがオカメインコの「マロ」です。もうすぐ10歳になる、おそらくオスです。ほっぺたの朱色の丸がチャームポイントで、名付け親は娘たち。我が家で唯一のオスとして、可愛い息子のように接しています。あとは観賞魚も一緒に暮らしています。
